BANDE辞典|中武真哉 ~ファンタジスタ中武の歩み~

中武 真哉

中武 真哉(なかたけ しんや、1988年〈昭和63年〉6月21日 -)は、FC.BANDELIEのサッカープレーヤー。滋賀県野洲市出身。ポジションはミッドフィールダー、フォワード。FC.BANDELIEの創設メンバーである。

 

中武 真哉

 

バンデでの初得点の瞬間

名前
フリガナナカタケ シンヤ
ラテン語SHINYA NAKATAKE
基本情報
国籍日本
生年月日1988年6月21日(31歳)
出身地滋賀県 野洲市
身長166cm
体重62kg
選手情報
在籍チームFC.BANDELIE
ポジションMF
背番号14
利き足
ユース
所属期間2004年-2007年滋賀県立野洲高校
所属期間2007年-2011年京都産業大学体育会サッカー部
クラブ
所属期間2012年-2015年与野八王子クラブ
所属期間2016年- FC.BANDELIE

来歴

<生い立ち>

滋賀県野洲市出身。6歳の時、兄の影響を受けサッカーを始め、野洲市のスポーツ少年団である野洲JFC、野洲中学校サッカー部を経て、滋賀県の野洲高校に入学。高校の同期には乾貴士、田中雄大、村田和哉、荒堀謙次、山田晃平などがいる。その後関西学生サッカー1部リーグに所属している京都産業大学に進学。大学卒業を機にサッカーも卒業したが、一年後知人の紹介を受け、埼玉県社会人リーグ2部所属の与野八王子クラブにてプレーする。その後共通の友人を介して知り合った岸幸太郎とFC.BANDELIEを創設する。       

 

<野洲高校>

 

当初県内で強豪と言われていた草津東を受験しようとしていたが、野洲中時代の同級生である田中雄大、荒堀謙次や地域選抜で一緒だった乾貴士が野洲高校に進学するという事もあり野洲高校に進学することを決めた。2年の時には全国高校サッカー選手権で優勝したが自身はスタンドで応援していた。Aチームに定着したのは3年生になってからであり、夏の遠征をきっかけにスタメンへ定着した。選手権では極度の緊張から常に60分を過ぎたあたりから試合から消えてしまうプレーヤーだった。高校は実家から徒歩1分。」

 

<京都産業大学>


大学進学に辺り、サッカーをするかを悩んでいたが、高校時代の1年上のキャプテンである金本竜市がいたことや最も仲の良い先輩もいたことから、進学した京都産業大学体育会サッカー部に入部することになる。1年目は高校までとは真逆の戦術スタイルへの順応と、厳しい規律、度重なるケガに苦しむが、2年の時からAチームに昇格し公式戦への出場も少しずつ増えた。3年の時に2部降格を味わい、4年の時入れ替え戦で大阪産業大学に負け昇格を逃してしまう。高校時代と違い4年間を通して精神的にも肉体的にも成長した。

プレースタイル

高校時代まではFWでプレーしていたが、大学時代からポジションをサイドに変えた。現在でもサイドを主戦場とし、時にはトップ下やインサイドハーフを行う事もある。得意なプレーはドリブルで、身体能力は高くないが相手の意表を突くプレーも得意だがシュートが苦手で、最近はアシストに注力している。体力的に衰えたとしても、見ている人が楽しいと思ってもらえるようなプレーを心がけている。近年の悩みはケガが増えてきたこと、年々むちむちになっているお尻の重さに悩みを抱えながらプレーしている。

エピソード

与野八王子クラブ時代から、FC.BANDELIEの代表でもある岸幸太郎とはスーパー銭湯でよくサッカーや人生について語り合っていた。『プロアマ問わず色んな人が関わることが出来て、サッカーの価値を伝えていけるようなチームを作りたい』という事からFC.BANDELIEが創設されることとなった。当初は関西色が強いチームだったが、仕事の異動や環境の変化から現在は関東圏のメンバーが多くなった。サッカーをきっかけに得られた事や活かされている事は本当に沢山ある。それらを伝える事がサッカーへの恩返しになると考えている。ベテランと言われる年齢となったが自身のプレーでサッカーの見る楽しさをこれからも体現していく。」

所属クラブ

ユース

野洲JFC
YASU club
野洲高校
京都産業大学

社会人


与野八王子クラブ
FC.BANDELIE

タイトル

野洲高校
*2006年 滋賀県高校サッカー選手権優勝
*2007年 第85回全国高校サッカー選手権ベスト16

脚注

*特段なし

外部リンク

京産大時代の記事

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