BANDE辞典|毛利元訓 ~毛利家の御曹司~

毛利 元訓(もうり もとのり、1992年〈平成4年〉09月21日 - )は、埼玉県出身。ポジションはディフェンダー。現在はFC.BANDELIE所属。

 

毛利元訓

VSアルマレッザ戦

名前
フリガナモウリモトノリ
ラテン語MOTONORI MOURI
基本情報
国籍日本
生年月日1992年09月21日
出身地埼玉県さいたま市
身長177cm
体重72kg
選手情報
在籍チームFC.BANDELIE
ポジションDF
背番号17
利き足
ユース
クラブ
所属期間2017年-現新世界制覇(ソサイチ関東リーグ1部)※BANDEと並行所属
所属期間2013年-2017年下落合FC(埼玉県社会人サッカーリーグ2部)
所属期間2008年-2010年私立武南高等学校

来歴

<生い立ち>
東京都生まれ埼玉県育ち。サッカーを始めたきっかけは、幼稚園に所属していたJACPAというサッカーチームがあったことがスタート。
小学生の時は、主にFWやMFを主な主戦場としており、サッカーを始めたきっかけとなったJACPAと地元のサッカーチームに所属。小学6年生の時は埼玉県南部トレセンに選出され、国際交流にという国際的な大会に参加。
現在のプレースタイルは、現在と真逆でJACPAが小学4年生までパス禁止だったこともあり、ドリブルが武器で、ガンガン仕掛け、闘志あふれるプレーが持ち味だった。
個人的にはトレセンなどに選出されていたが、所属していたチームは弱く、地区大会1回戦が勝てるかどうかのチームだった。

<中学時代>

中学は、トレセン仲間とクラブチームへの加入を検討していたが、進学先の与野東中学が、当時、埼玉県と関東大会を優勝し全国大会へ出場していたため、地元の中学で部活をすることを決意。そのころから、ポジションが下がっていき、2年生の時には、1つ上の学年でCBとしてスタメン出場。関東優勝、全国ベスト16という実績を残す。この時からチームメイトの高田遼とは、何度も試合で対戦し、マッチアップをしていた。最終学年になると、埼玉県ベスト16でまさかの敗退で後味悪い感じに。。。
個人としては埼玉県選抜候補選手に選出されるが、個人的にはこの中学時代にクラブチームに行けば、もっと上手くなれたのではないかと後悔しているため、やり直すことが出来るのであれば、中学校サッカーからやり直したいと思っている。
思い返すとやはりコーチが、毎回きちんといるかいないか、ちゃんとサッカーを教わる環境にあるかないか。選手として成長するためには、これは大きな問題だと感じている。

<全てを経験した高校時代>


高校は埼玉の私立武南高校へ進学。ここでサッカー人生のすべてを経験する。
サッカー推薦で進学したが、同じスポーツ推薦は学年に50人、プラス特待生が約10人もおり、厳しい環境で練習にのぞんでいた。高校1年の時は、中学の遅れを取り戻そうと必死に練習し、高校2年の時からAチームの練習には参加出来るようになる。しかしメンバーなどに入れるわけでもない微妙な立ち位置を経験し、少し不満も覚えていたが、それ以上に周りが上手く中学の時に失った技術の練習をみっちり行うことが出来た、貴重な時期であった。高校1年の冬に埼玉県高校選抜に選ばれ韓国遠征メンバーに選ばれ、非常に鈍足だが自信のあったキック精度と運動量を武器にポジションをSBにコンバートされる。それまではDFやCBを主戦場にしていた。
韓国遠征以降、アーリークロスを武器に高校時代の異名は「黄金の右足」と選手権の際は、垂れ幕を張られるようになる。
しかし、今はしっかり踏み込めないのでロングキックはむしろあまりしたくない。
また、この時期に戦ったプリンスリーグは最高峰の関東1部に所属。様々な選手と試合をするが⒑試合以上あったリーグ戦で得た勝ち点は1。ぼこぼこにやられる。ヴェルディと対戦した際は、当時世代別代表の杉本竜二選手に1試合で20回くらい1vs1を仕掛けられるが、アングルブレイク4回を含む20回すべて抜かれるという衝撃的なショーを披露。
周りから「お前は悪くない」と試合中に叫ばれ、この時に、「サッカー選手は、こういう選手がなるのか」を痛感し夢を諦める大きな試合となった。

プレースタイル

現役時代は、キック精度と運動量を武器にしていたが、今は高校時代に培ったビルドアップを得意としCBからの組み立てとヘディングを強みにしている。
高校の時なクリア禁止だったが、社会人になりクリアの快感を覚えている。
バンデに所属する前は、地元の社会人チームに所属していたが、
鈍足4バックの1員として名を轟かせ、4バック全員が50メートル6秒7以上のチームに所属。

「前所属チームでの写真」

また、ボーリングのビルドアップも得意でハイスコアは258。
左利きだが、スクリューボールなどを駆使する。
大学の時、1日22ゲームを行い、アベレージ190をたたき出す。

エピソード

中学の時から、対戦相手として何回もやりあった高田選手と社会人になって一緒に試合をするようになり、義兄弟石沢選手と一緒に2019年シーズンにバンデリエに入団。
しかし、自身の結婚と重なり練習にいけるようになったのは、夏終わりごろ。
結婚と仕事とサッカーの3つを掛け持ち、バランスを取りながら貢献していきたいと思います。

所属クラブ

ユース
JACPA埼玉 ⇒ NEOS
さいたま市立与野東中学校。
私立武南高等学校。