森田健介|BANDE辞典

森田健介

森田健介(もりたけんすけ、1991年〈平成3年〉6月6日 - )は、日本のアマチュア選手。埼玉県三郷市出身。現在はFC.BANDELIE所属。

 

森田健介


試合前の集合写真

名前
フリガナモリタケンスケ
ラテン語MORITA kensuke
基本情報
国籍日本
生年月日1991年6月6日
出身地埼玉県三郷市
身長170cm
体重70kg
選手情報
在籍チームFC.BANDELIE
ポジションDF
背番号19
利き足
ユース
2007年-2009年浦和レッズユース
クラブ
2014年-2015年アローレはちきたFC

来歴

生い立ち
埼玉県三郷市出身。両親が健康に育つように「健介」と命名。4歳のときにラモス瑠偉に憧れてサッカーを始め、三郷市立瑞沼小学校のスポーツ少年団、浦和レッズJr.ユースを経て、浦和レッズユースに入団。チームメイトには原口元気、山田直輝や高橋峻希などがいる。当時の監督からは、サッカーの技術は高くないが、存在自体がチームに良い影響を与える選手と評されていた。12歳の時、埼玉県選抜に選出され、原口元気らとハワイ遠征に参加。15歳の時、Jリーグ選抜に選出され、左から宇佐美貴史、森田健介、杉本健勇というバス座席でブラジル遠征に参加している。高円宮杯U-15サッカーリーグ・Jユースカップでは多くの試合に出場し全国優勝に貢献。高校時には2年生でありながらも、1つ上の先輩たちと高円宮杯U-18サッカーリーグ全国優勝を果たすという実績があった。しかし、人柄は良いがサッカーがあまり上手くことなどから、県内2クラブ(浦和レッズ、大宮アルディージャ)からのオファーは無く、大学の入学式の様子を見たサッカーサークルFC.LEOのスカウトから勧誘を受ける。LEOの他にはChao International、ALEX等のサッカーサークルからも勧誘を受けていた。プロサッカー選手を目指して東京学芸大学に入学したが、プロへの道は断念。卒業後は、社会人サッカーチームのアローレはちきたFC(現:アローレ八王子)を経てFC.BANDELIEに入団し、自分のサッカーへの愛を確かめている。

浦和レッズ

ジュニアユース時には、中学2年生として中学3年生の日本一を決める大会に出場し、夏冬と2冠全国優勝を果たす。[①][②]しかしながら、そこがサッカー人生のピークなのかと感じる程に、3年生からは思うように出場機会を得ることができなかった。それでも持ち前の明るさでチームを盛り上げた。

アローレはちきたFC(現:アローレ八王子)

2013年の大学卒業後に所属した社会人サッカーチーム。「八王子からJリーグへ」を掲げ、総合型地域スポーツクラブ(はちきたSC)のTOPチームとして活動。

プレースタイル

右サイドバックを本職としつつ、ベンチでもゲームメイクのできるユーティリティプレイヤーである。
小学生時代は繊細なボールタッチを持ち味とする司令塔として活躍したが、浦和レッズ入団後は、なんか違うという事になり、右サイドバックをしているうちにサイドバックの技術を体得していった。
疲れ知らずの運動量から果敢にオーバラップ、そこから繰り出される精度の高いクロスで幾度となく得点シーンを演出してきた。守備では、打点の高いジャンプヘッドで、どんな選手にも競り勝ってきた。これらは昔の話しである。

エピソード


味方がゴールを決めたときに、握手をしようと手を差し伸べるゴールパフォーマンスをする。これは嬉しさを表現するあまり、自然にサッカーパンツが上がり、なぜか内股になってしまった。

バンデリエでサッカーをする理由はただ一つ。共にサッカーをする仲間の事が大好きだから。これからもサッカーで愛を伝えていきたい。

所属クラブ

ユース
瑞沼スポーツ少年団
浦和レッズJr.ユース
浦和レッズユース
社会人
アローレはちきたFC(現:アローレ八王子)
FC.BANDELIE

タイトル

浦和レッズJr.ユース
* 高円宮杯U-15サッカーリーグ全国優勝
* Jユースカップ全国優勝
浦和レッズユース
* 高円宮杯U-18サッカーリーグ全国優勝
アローレはちきたFC
* 2013東京都社会人サッカーチャンピオンシップ準優勝

脚注

関連項目

①2005シーズン2冠を達成!-浦和レッズ
https://www.urawa-reds.co.jp/archive/pdf/ld_14.pdf
②[Jユース杯]浦和ユースメンバー
https://web.gekisaka.jp/news/detail/?46236-27449-fl

外部リンク